独り言をぶちぶちと…。


by boozer_from_hell
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泣ける…

The SunにNew Orderのインタビューが載ってました。

もうね、訳しながら滂沱でした。Joy Divisionファンの方も、New Orderファンの方も、やりきれない涙でお楽しみください。



カーティスの伝記映画が記憶を呼び起こす
By Jacqui Swift

親友の自殺と共に、来る日も来る日も27年間過ごさなければならないと想像してみたまえ。

何度も何度も繰り返し何故彼がそうしたのかを問い返す、非常に個人的な悲劇。何か助けになる事が出来たのか? 何故予期できなかったのか?
Joy Divisionの、後にはNew Orderの元メンバーがまさにそうしてきた。Peter Hook、Stephen MorrisそしてBernerd Sumner。23歳で自殺を図ったIan Curtisの人生を描いた、Controlというパワフルで、感動的な映画について話を聞いた。
親友の生まれ変わりを、それも良い時期から悲惨な人生の終わりまでを、巨大スクリーンで見せられる事は容易ではありえない。この映画はオランダの伝説的ロック写真家でヴィデオ監督のAnton Corbijnのデビュー作だ。無名のSam RileyがアイコンであったIan Curtisを、Samantha Mortonが長期間苦しめられた妻のDeborah Curtisを演じる。
彼が苦しんだ結婚の問題、癲癇と鬱病は1980年5月18日、Joy Divisionのアメリカツアー前日に、彼に悲劇的に首を吊らせる事になる。
SFTW(訳注:The Sun内のコーナー)はバンドメンバーから苦しんだ親友について独占的に聞く事が出来た。
ベーシストのPeter Hookは言う。「この映画を見ると心臓がえぐり出されるみたいだ。終わり方もそれが避けられない事も知ってるんだけどね。俺は毎日Ianと暮らしてる。部屋にはアイツの写真がたくさん飾ってあるし、しょっちゅう音楽も聴くよ。アイツの音楽についてのインタビューもよく読む。だから、物理的なIanは逝ってしまったけど、精神的にもスピリチュアルにもアイツはまだ俺と一緒にいる。けど、こんなにリアルに映画で観ると甦ったみたいだよ。Sam RileyがIanを甦らせたんだ。」
ドラマーのStephen Morrisが付け加える。「素晴らしい映画だけど、俺たちには観るのが辛すぎてね。もう一度観るのを楽しみにはしてない。なにしろTony Wilsonが死んだばかりだし。」WilsonはJoy Divisionの所属していたFactoryレーベルのボスだった。先月、ガンとの闘病の末57歳で他界した。

憂鬱でひょろっとした、Cheshire州Macclesfield出身の歌手Ian Curtisは、音楽界で最も特徴的なアイコンのひとりだ。彼のステージで気が違ったように激しく腕を振るダンスは、彼のパフォーマンスを注目させた。シンガーでギタリストのBernardは言う。「パフォーマンスのやり方で、みんなアイツがドラッグをやってると思ってたけど、彼はドラッグはやらなかった。ただ音楽にのめり込んでたんだよ。」
Stephenが付け加える。「ステージ以外では、彼はただ静かに座ってた。でもステージでは爆発してた。アイツは、変化していったんだよ— うーん、他の何とも似てなかったな。匹敵する奴が現れた事はないね。」
Joy Divisionは1976年にマンチェスターで結成されたポスト・パンクの4人組で、その音楽は彼らの孤立感を反映していた。しかし、Ianのバンド作りの夢は、彼が妻Debbieと幼い娘Natalieと送っていた家庭生活と対立した。
彼はベルギーのファンAnnik Honoréと不倫をし、罪悪感で苦しみ、深い鬱へと沈んで行った。Joy Divisionの最も有名な曲、Love Will Tear Us Apartの歌詞は彼の葛藤を描いたもので、Debbieはこのタイトルを彼の墓石に刻んだ。
1979年にIanは癲癇と診断された。彼が飲んでいた薬が彼の混迷に拍車をかけた。Stephenは言う。「振り返ると、もっと彼を助けるべきだったと思うよ。いつもそれを思う。でも、一時バンドを休止してアイツが個人的な問題を解決してからやり直すべきだったなんて言うのは簡単だよ。」
「バンドと彼の問題はうまく共存なんてできなかった。でも、俺たちは凄くいい時期を過ごしてて、若い頃っていうのはみんな自分勝手だろ。癲癇は当時は理解されてなかったんだ。みんな、ただ『アイツはちょっとイカレてるよな、発作起こしたりして』って言うだけだった。」
「薬はIanをゾンビみたいにしてしまった。俺達は癲癇協会にいくらか寄付するんだ。」
Hookyが付け足す。「俺の友達がIanから隠れるのに戸棚に入ったことがあるのを覚えてるよ。そいつはIanが悪魔に取り憑かれてるって言ってた。 みんなそういう反応をしてたよ、癲癇について知らなかったからさ。火あぶりにされてた時代とそう違わなかったってことだ。」
彼らの音楽は暗く、Ianは問題を抱えていたが、全てが破滅的だったわけではない。
Bernardは言う。「Ianは面白い奴だった。よく一瞬で変わったけどね。でも俺達はふざけたりして楽しんだもんさ。いい時がたくさんあった。」
Hookyは言う。「この映画が、バンドの中でのIanの重要性を見せてくれて良かったと思ってる。俺達が取り乱したり落ち込んだりしてたら、アイツが俺達を結束させて前に進ませてくれたんだ。挑戦し続けるように、いつも俺達を鼓舞してくれた。」
Joy Divisionの最初のアルバム、Unknown Pleasuresは1979年にリリースされた。Hookyの深いベースラインやBernardのギザギザしたギター、Stephenの機械的なビートは時代を先取りしていた。しかし、セカンドアルバムCloserを1980年に完成させた後、Ianは自ら命を絶った。
Hookyは言う。「ショックだった、俺が若くて世間知らずで、自殺なんてことに経験がなくて、恥ずかしいけどショックが飛び越えて行ったのは、恩恵だと思うよ。金曜日に俺はIanを家まで送って行ったんだ。アメリカに行くのが嬉しくて、馬鹿みたいに笑って車の中で飛び跳ねてさ。そしたら、土曜の夜にアイツは自殺しちまった。」
現在も、IanとJoy Divisionの遺産は生き続けている。

Hookyは言う。「The KillersとかEditorsとかInterpolとか、明らかにJoy Divisionの影響を受けたバンドが出て来てることは、誇らしく思ってる。」
Ianの死後、New Orderとして再結成することによって、彼らは前に進みIanを失った悲劇を忘れようとすることができたとHookyは言う。「Joy Divisionは始まる前に終わっちまった。俺達はすぐにNew Orderに没頭して、10年間、ほとんどJoy Divisionを無視してきたんだ。凄く意識的な決断で、何が起こりえたかっていう悲しみの重荷を背負わないためだった。」
では、彼らのお気に入りのJoy Divisionのアルバムはどっちだろう? Hookyは「Closerはずっとお気に入りの一枚だよ。盛り上がりたい時にかけるんだ。」しかしStephenは「Unknown PleasuresとCloserは完全に違う。ファーストはエネルギーが溢れてる。でもCloserを聴くと俺はいつも悪い事を思い出してしまうんだ。アイツの結婚が崩壊してたこととか、癲癇とか。聴くのは苦しいよ。」
今だからわかることだが、Closerの暗い歌詞はIanの自殺を暗示しているように見える。しかしBernardは言う。「俺達は当時、誰もIanの歌詞にあまり注目してなかったんだ。ただ凄いって思ってただけで。クレバーだなって、アイツもクレバーな奴だったし。俺達はアイツが他の奴のことを書いてるんだと思ってた。自分の事だったなんて思いもよらなかったんだよ。」
Stephenが付け加える。「アイツが死んだとき、歌詞を聴いて思ったよ、『何で気付かなかったんだろう』って。」
この映画を観て、かつての友情を観て、彼らは影響を受けたのだろうか?
Hookyは言う。「あぁ、勿論。New Orderの解散が余計悲しくなったよ。Bernardと俺がおおっぴらにお互いをこき下ろすようになってから、俺達は会って仲直りした。」
「でも、また大喧嘩して、お互いをクソ野郎呼ばわりした。Joy Divisionと同じように、New Orderも終わったんだ。」


フッキーもバーニーもいい大人だろうに…
イアンに免じて仲直りしてくれよ。
こんな悲劇的な事を一緒に乗り越えてきて、何でそんなに簡単に辞められるんだよぉぉ〜(涙)。
そのうちあっさり再結成するんだろうなぁとは思いつつも、泣けて仕方がないです。
うわ〜ん。馬鹿〜ッ!!
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by boozer_from_hell | 2007-09-29 18:20 | 音楽